ソウルでIZAKAYA戦争?

韓国ではいま、居酒屋と日本酒がブームだ。韓国ソウル市にある芸術系の名門「弘益大学(弘大)」の周辺には、センスの良いカフェやレストランが軒を連ね、流行に敏感な若者たちが集まる。ひときわ目につくのが、日本語の看板を掲げた日本風「IZAKAYA(居酒屋)」。弘大周辺一帯は居酒屋激戦区といった様相さえみせている。弘大周辺に限らずソウル市内にも続々と居酒屋がオープン。居酒屋の人気とともに日本酒の販売量も急増している。

 日本の居酒屋の場合、学生やサラリーマンの“オジ様”に占拠されているが、韓国の居酒屋はやや値段も高めで、ちょっと“イケてる”イメージだ。韓国の20〜30代の若者たちにとくに受けている。

 弘大近くにある通称「駐車場通り」周辺には、ハイセンスな高級レストランやショップに交じって日本語の看板を掲げ、日本食を出す店が20店ほど営業している。居酒屋スタイルの店が目立ち、その数は15店以上にのぼる。

 日本風を強く意識した居酒屋が圧倒的に多いとはいえ、「フランス風」と称する居酒屋もあり、雰囲気もメニューも多種多様だ。日本語の看板をはじめとする外観はもちろん、内装にも凝っており、番傘や赤ちょうちんといった小道具で日本情緒を醸し出している。

 メニューをみると、刺身や串揚げ、焼き魚、おでんの純和風料理のほかに、キムチおでん鍋、海鮮ピリ辛いため麺と、韓国風にアレンジしたものもある。

 店によって価格にも幅があり、学生が気軽に立ち寄れるような安い居酒屋チェーン店もあれば、値段はやや高めで雰囲気やメニューで日本らしさにこだわった居酒屋もある。ある居酒屋では、コロッケが8000ウォン(約870円)、まぐろのたたきは8000ウォン、豆腐サラダが8000ウォン−となっていた。

 ソウル駅から少し離れたところには、居酒屋「つくし」という店があり、日本にとことんこだわり、韓国の数ある居酒屋の中で人気店のひとつだ。料理の味付けで韓国人向けのアレンジは一切せず、量も韓国式の大盛りはない。あくまでも日本式に少量を見栄えよく器に盛っている。

 この店は2階も合わせて約50席の狭い店内ながら、いつも満席だ。しかも客の9割は韓国人。残りは駐在の日本人という。雰囲気は、東京の神田あたりにありそうな飲み屋といった感じ。1990年にオープン以来、内装は替えていない。値段がやや高めのせいか、客層は30代後半から50代が中心だ。

 ここまでくると、韓国マスコミ取材も多くなり、韓国の大企業の役員や韓国の有名人も訪れる。ランチの時間帯を合わせると、1日に平均100〜120人の客が訪れるという評判の店だ。

 店長の西川昇瑠さん(62)は「日本の食文化を韓国の人に伝えたい。はしの置き方から日本式です。開店当初は『量が少ない、泥棒みたいな店だ』と文句もいわれたけど、最近は韓国人もずいぶん日本のスタイルや味に慣れ、日本の酒も好まれるようになってきた」と話す。

 酒のメニューをみると、「越乃寒梅」「久保田」「〆張鶴」といった日本の銘酒も逃さず50種類以上の品ぞろえだ。店でいちばん高い日本酒は「八海山・金剛心」で、1本55万ウォンで、日本円にすると約6万円。「つくし」で売られる酒のうち7割ほどが日本酒という。

 焼酎もなかなかの人気だ。ボトルをキープする習慣は韓国にはないものの、壁には、ボトルキープされた「いいちこ」といった日本の焼酎の瓶がずらりと並んでいる。瓶にはハングルで書かれた持ち主の氏名が張ってあった。

 ただ、「1本目をキープする日本人と違って、一度に飲む量がケタ違いに多い韓国人の場合、キープされている瓶のほとんどが2本目か3本目。みな、かなり酔っぱらっているのでボトルキープしたことすら忘れている客も多い。次にうちの店に来たときに、自分の名前のついた瓶を見つけ喜んでいる」と西川さんも苦笑い。韓国人、恐るべしだ。

 「つくし」のメニューの中で、韓国人の一番人気は、長崎チャンポンとか。店内のホワイトボードには、その日のおすすめメニューが日本語で書かれていた。なめこおろしが6000ウォン、キンメダイや、ほっけの焼きものが9000ウォン、大トロは4万7000ウォン…。

 ほとんど日本の居酒屋と変わらないメニュー。「いまはかなりの種類の日本食材が入ってくるようになった。『なめこおろし』なんて、韓国人はほとんど知らないので、ちゃんと説明してあげているんだ」と西川さん。

 こうした居酒屋ブームに後押しされるように、日本酒の販売量も急増している。輸入量でみると、いまやフランスワインを日本酒が超えてしまった。日本の酒を扱うソウル市内の卸問屋は20軒を超えたという。韓国関税庁によれば、日本から輸入した日本酒は今年6月末に752トンに達し、前年同期比の515トンと比べて46%も増加した。

 とくに、日本酒は20〜30代の若い韓国女性の間で人気という。焼酎に比べて「ほろ酔い」加減と、さっぱりしてまろやかな味が好まれている理由だという。

 韓国では、1990年代にも日本の炉端焼きブームがあった。だが、高級感が漂い、料金も高く、利用客も限られていた。居酒屋は逆に、庶民的で気軽に入りやすい雰囲気があるせいか、炉端焼きブームよりも広がりをみせている。流行に敏感な弘大周辺や、狎鴎亭洞、清潭洞、新沙洞といったおしゃれな街ではいまも続々と居酒屋が誕生している。(